0x01: 始まり

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突然
メッセージが届いた

到着を知らせる
ポップアップ通知

「あれ、何これ?」

唐突な会話
相手もわからない

ユーザーIDを直接指定して
送ってきた
ダイレクトメッセージのようだ

誤送信か
よくあるスパムだろう

無差別にメッセージを送って
返答してきた人をターゲットに詐欺を働く

そんな犯罪が流行っているらしい

どこかで自分のIDが漏れてしまったのだろうか
面倒なことになったな

通知画面に表示されたそのメッセージの
項目をフリックしようとしたその時

「どこ?助けて」

また通知画面に新着項目が追加された。

へぇ、最近の詐欺って
こうやって気を惹くんだな
そんなことを考えていると

「駄目」
「誰か」
「いますか」
「お願い」

立て続けに追加の通知が表示され
画面が埋まる

やれやれ
こんな雑なやりかたで
騙される奴がいるのか?

違う

通知画面には新着メッセージと共に
そのメッセージを受信した
アプリの名前が表示される

このメッセージは
知らないアプリからの通知だった

インストールした覚えがない

もしかして

こういうの
コンピュータウイルスとか
何とかウェア、だったっけ

何かのセキュリティ対策をミスったか
思ったよりも問題は深刻かもしれない

面倒だけど
データを復元するか
ファクトリーリセットすれば直るかな

個人情報が漏れたのか
パスワード変えるのは面倒だ

いや、どうせならこの際
新しいのに乗り換えよう

確かこの間ちょうど
新機種の発表があったはず
予約開始はいつだったかな
あとで検索するか

状況を先延ばしし
安心した気になり
いつもの癖のように
通知をフリックして消そうとする

消えない

そして
画面が一瞬暗転し
滑らかなアニメーションで
表示が切り替わる

表示されたのは
何の変哲もない
よくあるメッセージアプリの画面だった

画面には先ほど受信した

「あれ、何これ?」
「どこ?助けて」
「駄目」
「誰か」
「いますか」
「お願い」

とメッセージが並び

画面の下には入力エリアがある
メッセージの送信者を示すエリアには
「0x01」
という文字が書かれている
文字化けだろうか

画面を見渡すと
右上に小さく
円形のアイコンが
くるくるとアニメーションしていた

もしかして

得体のしれないこのアプリ
勝手に通信してるみたいだ

そう思った瞬間

「やった!」
「届いた!」
「よかったこれで」
「あ」
「ねえ」
「わたし」
「こっちですこっち」
「あれ?」
「見えますか?」
「あの」
「え、あ」
「まって」
「聞こえますか?」
「あ」
「ほら」
「こっち」
「ごめんなさい」
「突然」
「嬉しくて」
「で、えと」
「わたし」
「聞こえますか?」
「あれ?」
「あれ?」
「まって」
「聞こえてますか?」

立て続けに表示された
どれも短いメッセージだ

だが
それにしても
メッセージが届く間隔が短い

入力が早い
早すぎるほど

それに
繰り返し送られている
「見えるか」
「聞こえるか」
というセリフもどこか違和感がある

スクロールして内容を見返す

届いたメッセージは
もちろん文字の情報だが
まるで相手は声で会話しているような
そんな口調だ

しかも
「届いた」
「こっち」
とはどういうことだろう

こちらの行動を
のぞき見されているような
一方通行で
こちらの情報だけがつつぬけのような
気味の悪さを覚える

画面の淵にある
カメラのレンズを少し見て
また目を逸らす

いやさすがに
そんなことができるのか
冷静に考えれば
既読通知か何かで
相手に状況を知られただけだ
そうに違いない

いずれにしても
相手は何か慌てていて
こちらがメッセージを見ていることには
気づかれているようだ

拭えない小さな違和感の中
これくらいならと
ほんの少しの好奇心が
無意識に文字を入力していた
『何?』

ひとつ息を吸い

送信ボタンを押す

「あ」
「ほら、やった!」
「えと」
「よかった」
「ああ」
「よかったです」
「あ」
「ありがとう」
「聞こえますか?」

立て続けにメッセージが届き
画面が大きくスクロールする

早い

息を吸って

ゆっくりと鼻から抜く

何だこれ
知り合いのアカウントだろうか
それともいたずらか
『誰?』
送信する




「あ、えと」
「ごめんなさい」
「はじめまして」

一呼吸おいて

「わたし」
「名前」
「名前は、ひとりで」
「今」
「ひとりなので」


「無いのかも」

一呼吸
「でも」
「はじめて話せた」
「ずっとひとりで」
「わたし」
「よかった」

はあ
と、ため息をつく
やはりいたずらなのか
『あの、何それ?』
送信

「あ」
「ごめんなさい」
「そうですよ、ね」
「でも」
「えと」
「助けてくださいませんか?」
「ほら」
「ここ暗すぎて」
「わたし見えなくて」
「あ、でも」
「わたしのことは見えるのかな」
「暗くて」
「どっちかわからなくて」
「光が見えたので」
「何だろうと思ったんだけど」
「もしかしてと思って」
「声を」

「ずっと動けなかったので」
「もし周りが見えたら何か」
「どっちに行けばいいのか」
「ここがどこで」
「どっちかわからなくて」
「あの、光が」
「さっきの光が」
「助けが来たっ」
「て思って」
「でもあなたが」
「見えないけど」
「あなたの声が聞こえるから」
「やっと」
「来てくれたんだって」

「なので」

「いかないで」

流れるようにメッセージが届く
早いが
しかし早すぎない

声の会話をそのまま
リアルタイムで書き起こしたような
自然な息継ぎの間合いで
届く言葉

映画の字幕を目で追うような
小気味好いテンポ

いつの間にか
彼女の声が
聴こえているかのように
脳内に優しく響く
そんな錯覚すら覚える

いやまて
落ち着いて考え直す

音声認識

マイクに話しかけてテキストに変換し
それを送信する

そうだ、音声認識か
流れるような会話のスピードも
それなら納得がいく

もしかして彼女は
目が不自由なのかもしれない

それで普段からそんな方法で
本人は当たり前のように
メッセージアプリを使ってるのかも
それならこの口調なのもわかる

もしくは急に
視力に異常が起きたのかもしれない
過度なストレスで
一時的に目が見えなくなるとか
そんな症状も聞いた気がする
だとすれば
急な変化で不安を感じるし
日常生活にも支障が多いだろう

そんな状態で
急に周りが見えなくなり
助けを求めたくて
手探りでアプリを操作し
音声認識機能を使って
たまたまこちらにメッセージを
送ってきたのかもしれない

つまり
いやまて

そんな探偵ごっこのような
推理をしている間にも
メッセージは届く

「少し」
「明るいところとか」
「わかるだけでも良くて」
「すみません」
「案内していただけませんか?」

いたずらにしては手が込んでいるし
こんな詐欺の手法があるのかわからない
でもさすがにこの後
おかしな話の流れになれば
詐欺であることくらいは気づけるだろう

それにもし、彼女が本当に困っているなら
このままスルーするのも
少し気が引ける

ところどころ違和感はあるが
少なくとも今いる場所や視界に問題があり
苦労している状況には
間違いがなさそうだ

一呼吸置き
『今、どのあたりにいるかわかりますか?』
『お住まいの地域とか、最寄駅とか』
『個人情報以外で場所などを教えていただければ』
『もしくは、直前まで何をしていたか』
送信

さすがに直接その場所に
助けに行くつもりはないが
場所や行動の記憶を聞けば
おおよその状況は推測できそうだ
それで何かの助言ができれば
こちらも多少は気が楽だ

メッセージはすぐ届く
「え?あれ」
「もよ、もよ、り、えきは」
「そか、すみません」
「あなたも迷ったのですね」
「ここ暗くて」
「どっちがどっちか」
「わからなくて」
「助けに来てくれたかと」
「でも」
「ごめんなさい」
「わたし、ちょっと安心して」
「あ」
「でも、ここから帰らないと」
「一緒に迷っちゃうと」
「大変」

やはり会話がかみ合ってない
まるで彼女のそばにいると
思われているような口ぶりだ

これも音声変換のアプリで
こちらからのメッセージが
相手には音声で聞こえているから
勘違いしているのか

高性能のスピーカーで
まるで近くにいるような立体音響と
リアルな音声合成
まさかそんな

違和感は残るが、会話を続ける

『場所は?』
「わからないです」

『いつからそこにいる?』
「気づいたらここに」
「いました」

『どれくらいの時間?』
「時間は」
「えと」
「気がついてからずっとです」

『覚えてない?』
「はい」

『眠って起きたらそこにいた?』
「はい」
「そうなんです」

彼女は何かトラブルに巻き込まれているのか
意識を失わせて、どこかに連れていかれた?
誘拐?

また詐欺やいたずらの疑いががちらつくが
会話は続けてみる
無条件に信じられるような
話ではないのは確かだ

『周りに何が見える?』
「暗くて、見えないです」

『動ける?何か縛られているとかではない?』
「はい、大丈夫です。動けます」

『部屋の中に何か見える?広さは?』
「へや、わかりません」
「何もなくて」
「歩いていたら」
「もっと迷っちゃって」

『歩き回ったの?そこは野外?室内?』
「えと、とてもひろい」
「です」
「何も見えないけど」
「たぶん」

『周りに誰かいる?』
「えと、あなただけだと思います」

『私の声が聞こえるから?』
「そうです」

『そか。でも私はそこにいないよ』
「え?」

『多分スピーカーからの音じゃないかな』
「すぴーかー、ですか」
「えと」
「そか」
「わかりました」
「すぐそばで聴こえるので」
「今も、本当に近くにあなたが」
「でも」
「本当に」
「いないのですね」

手掛かりになる情報が聞き出せない

そういえば彼女は
名前を言おうとしていた気がする
まさか、もしや

もう一度
個人情報だけど、仕方ない

『言える範囲でいいから、あなたのことを教えて』
「えと、私は」
「あれ?」

『住んでる場所とか』
「わからないです」
「覚えて」
「ないのかも」

『まさか?何も?』
「はい」

ただ時間が過ぎてゆく

記憶喪失
視界を完全に奪うほどの暗闇
もしくは視力の著しい低下
そして監禁
場所はかなり広い空間をもつ室内
地下室か
倉庫のような建物か

彼女はそんな状況に置かれている?

やはり非現実的すぎて
疑いも晴れない

かといって
こちらに場所を伝えて
呼び出そうとしてくるわけでもなく
こちらの情報を
聞き出だそうとするわけでもない

詐欺やいたずらにしては
あまりにも回りくどい

いやまて
彼女は光を見たと言っていた

それは本当だろうか
だとしたら、その光は何だ?

視覚を失った人が
その感覚を補うために
脳が他の五感の情報を
視覚的な映像として捉え、表現する
そんな事もあるのかもしれない

実際に見たものか
感じたものか定かではないが
彼女が見た光が
何かの糸口ではありそうだ

質問をつづけてみる

『光を見たって言ってたけど』
「はい!」
「はい、みました!」
「えと」
「急に光って」

『その光、どんな光だったか教えて』
「はい!」
「えと」
「急に、光が見えたんです」
「遠くの方に光っているのが見えて」
「走って追いかけたんです」

『大きさや、形はわかる?』
「かたちは」
「ちいさくて」
「まるくて」
「追いかけても」
「追いかけても」
「遠くて」

『追いかけた?どれくらいの時間?』
「えと」
「走って」
「疲れるまで」

『足元はコンクリートとかの床?それとも土?』
「あしもと」
「じめん」
「は、やわらかいです」
「土、かな」

『今の天気は?空は見える?』
「みえないです」
「おだやか、です」

室内ではなく、野外なのか

だが完全に視界を奪うことなんて
野外でできるのだろうか
どれだけ深夜でも
星のひとつくらい見えるだろう
天気も悪くはなさそうだし

野外かどうか確信は持てないが
野外であれば夜
日本の現在時刻とずれてるようにも感じる
海外のどこか
開けた土地の大規模な構造物とかなら
こんな状況になるのか?

『今、何時?アプリでわかる?』
「あぷり」
「あぷりって」

『スマホで時間の表示できないかな』
「すまほ、ひょうじ」
「わからないです」

『いまアプリで会話してるんじゃないの?』
「あぷり」
「えと」
「あなたの声が聞こえて」
「ほら」
「来てくれたから」
「一緒にお話して」
「ます、よね」

彼女はスマホを持っていない

やはりこの会話も
彼女のスマホなどではなく
近くに置かれた機材から
マイクやスピーカーを使って
音声認識や音声通話が
できる状態にしていたのか

『私の声はどこから聞こえてる?』
「すぐ近く」
「ですよね」
「だけど近づくと」
「すこし離れて」
「だから」
「一緒に」
「歩いてくれてるのかなって」

彼女から一定距離を保ったまま
一緒に移動している?

しかも、声だけじゃなく
すぐ近くで常に人の気配を
感じているような口ぶりだ

つまりそれって
何か
よくない状況

なのか?

深呼吸をする

『近くに誰かいる?』
送信

「え?」

息継ぎ

「あ」
「そうか」
「あなたじゃ」
「ないのです」
「か?」

「あっ」

沈黙が続いた

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